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現在のドーピングの問題について読んだ。2000年代と比べて陽性摘発のニュースは減った気がするが最近はどうだろう。

Fifty shades of grey? On the concept of grey zones in elite cycling

世界アンチドーピング機関(WADA)は、国やスポーツごとに異なっていたアンチドーピング規制の統一のため1999年に設立された。その規範で禁止物質を定義している。明示的に禁止されていない物質は許可されていると見なされる。
ただしperformance enhancing drugs(PED)の全てが禁止されているわけではないことと(例えばカフェイン)、禁止リストは変更される可能性があることに注意する必要がある。問題は明示的に許可または禁止されていないグレーゾーンの存在であり、例えば以下がある。

例1.治療目的での禁止物質の使用
治療に必要との承認を得れば禁止物質の使用は許可される。このTherapeutic Use Exemptions(TUE)プログラムがパフォーマンス向上のために組織的に悪用されていたとの指摘がある。例えばチームスカイのマージナルゲインの獲得があるがWADA規則には違反していない。

例2.合法的なパフォーマンス向上
パフォーマンス向上効果が認められるものの、許可されていてドーピングとはみなされない物質や方法がある。例えば鎮痛剤や栄養補助食品などの物質、低酸素室など。EPOと低酸素室はどちらも高地でのトレーニングと同様の効果を目的とするが、不当とみなされるのはEPOだけである。

例3.未承認または未登録のPED
他よりも規制が緩い国の保健当局によって承認されている物質の使用は、すべてのアスリートがアクセスできるわけではないため不公平な競争につながる。


関係者へのインタビューでは、特に、TUE、低酸素室、鎮痛剤、サプリメントは、禁止されていないにもかかわらず、逸脱と認識されている。また、特にキャリア前半の選手や新しいチームドクターは、TUEに非常に不快な感情を抱いたと報告した。

アスリートの40%から100%がサプリメントを使用していることが示された。サプリメントはマージナルゲインの一部と見なされる。しかし、「普通ではないと思うのは、レース中に多くのライダーがラスト100kmでトラマドール(=鎮痛剤)を服用しているのを見るときです」(ある選手)。

エリートスポーツのパフォーマンス重視の文化を考えると、グレーゾーンを逸脱とみなすのは矛盾に思われる。選手はアンチドーピング規制に加えて、拡大するグレーゾーンの使用による疑惑を回避しなければならず、不安定な労働条件にさらに不確実性が加わる。

「クリーンスポーツ」を装って、ますます多くの物質や方法をグレーゾーンに押し込めがちで、状況は悪化している。
改善策として禁止物質リストの短縮を提案する。リストを強化作用が明確で健康上の脅威となるカテゴリーに限定することで、禁止範囲が明確になり、グレーゾーンに対する否定的な認識が減り、その使用への不安が軽減されうる。


感想
個人的に認識していた現在のドーピングの問題としては、
・不正の検出技術と回避技術のいたちごっこ
・意図せず禁止物質を摂っていて検出された場合の救済の余地
くらいであり、グレーゾーンの問題の深さは知らなかった。

個人的経験としては、学連でもランダム抜き打ち検査があり市販の風邪薬は飲まない意識はあった。風邪を引いたら休んで自然治癒あるのみ。大したレベルになかったのであまり気にしていなかった。タイラーハミルトンのシークレットレースを読んで衝撃を受けたことはあった。

グレーゾーンを狭めるのは良いけど、規制を高リスク物質に絞ることとの関連がまだ理解できていない。

TUEを廃止すればグレーゾーンが減るのはわかった。廃止すればよいと思った。この制度の利得と弊害を比べたら弊害が大きい気がする。もちろん制度が必要という側の話も聞かねばなるまいが。

健康を害さない前提で、強化すること自体ではなく、アクセスの不公平が問題と思われる。
あまり複雑な規制をすると競技の裾野を狭める弊害もありそう。
禁止物質を絞ったら検査がしやすくなり、広範囲のレースで検査することが啓蒙になる気はする。それでも強化技術の進歩に従って禁止リストは増える一方か。
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2023.10.02 Mon l 本・論文 l COM(0) TB(0) l top ▲
大規模言語モデルは新たな知能か

ChatGPT(大規模言語モデル)とは何なのかについて読んでみた。

大雑把な要約
・現時点での効果的な使い方は、候補を数多く出させて人が参考にしたり、人の案を洗練させたりすること。あとは研究での文献調査。回答が正しいかどうかを人が判断する必要がある。

・言語モデルは意味を捨て確率という構造の中で言語を扱う。次の単語を予測できるように学習すると文章の中から予測に役立つ情報を扱えるようになる。これまでの常識では、問題に応じて適切なモデルサイズが存在し、多すぎると過学習が起きた。しかし、モデルサイズが多いほど言語モデルの性能が上がる、べき乗則が発見された。

・人の言語処理の大部分は無意識に行われていて、仕組みはよくわかっていない。人の進化や学習過程では感覚器による現実世界の理解が先にあり、その上に言語能力が作られると考えられる。エネルギー効率で見ると、大きな言語モデルは数メガワット必要なのに対して、人の脳は20ワットで済み乖離がある。人工知能を突き詰めると人間自身の理解が深まるかもしれない。

・大規模言語モデルの実装
ニューラルネットワーク>ディープラーニング>トランスフォーマー
+強化学習

ディープラーニングの特長
1.ニューラルネットワークの多層構造により、データの表現方法を学習により獲得するので特徴設計が不要。
2.誤差逆伝播法により、どんなに複雑な問題でも学習できる。局所最適解に陥らない。
3.学習の際に適切なサイズに表現力を制御することで過学習を防ぎつつ汎化する。
 
トランスフォーマーモデル
自己注意機構により、過去の自分の途中処理結果から関連しそうな部分に注意して情報を集める。前の層のニューロンの活性値が途中まで考えた結果である。これは短期記憶に相当。さらに、全結合層が今処理している内容と関連する過去の記憶を想起する。これは長期記憶に相当。この想起結果で更新された途中状態に対して、注意と想起を繰り返す。意図せずメタ学習が実現され、未知の状況に適応する能力を獲得する。

強化学習
人が教えた少数の良い回答のランキングから自動評価システムが作られる。生成した対話を評価して大量に学習する。


感想
・素人向けながら少し中身を解説していて解像度がちょうど良い。
・べき乗則について、物理現象のモデル化にシンプルな記述が指向されるのと対照的で直感に反する。このことから何かが根本的に変わったことを理解した気になった。
・子供の言語獲得効率の高さにはいつも目を見張る。子供の発する言葉を大量に記録して追跡すると理解のヒントがあるかも知れない。
・初稿を2週間で書いたというあとがきに驚愕。
2023.09.12 Tue l 本・論文 l COM(0) TB(0) l top ▲
プルーストとイカ

文字を読む脳の発達と進化の二つの次元の話。著者は認知神経学者。
プルーストはフランス人作家で発達を表し、イカはニューロン研究の代名詞で遺伝的な進化を表す。

流暢に読む人の脳を調べると、500msの間に脳の色々な領域が統合して機能している。
文字を獲得してからの高々数千年の間では、進化的な変化は小さい。
元々備わっている視覚、話し言葉などの基本機能を”つなぐ”ことで識字能力は獲得された。
文字を読むことは脳の機能と相互作用し、脳の機能自体を高める。

紀元前数世紀、ソクラテスは書き言葉の普及により話し言葉で得られていた理解が阻害されると懸念した。
結果的には、書き言葉には上記のプラスの役割があった。
同様に、今後動画や音声が情報伝達の主流になると、情報の理解や思考が疎かになる懸念がある。
思考の時間を指導者が確保する必要がある。

感想
自分はわりと最近まであまり本を読んでいなかった。暇があれば体を動かしている方がよかった。読書では背景として持っている経験や知識(データベースとする)との照合と相互作用が重要で、データベースが増えることで読書の面白さを理解できるようになってきたのではと感じていた。この感覚を説明する内容であった。

より高次のスキルとしては、重要な内容とそれ以外を識別して後者を飛ばす能力があると思った。これは読書でも動画でも同じ。この判定にはある程度の理解が必要なので、理解のある者とない者の差はさらに広がる気がする。一方で、著者が扱っている識字の難しい者(ディスクレシア)が別の能力を発揮する機会は増えそう。
2023.08.01 Tue l 本・論文 l COM(0) TB(0) l top ▲
人は2000連休を与えられるとどうなるのか?
当方にとって(今のところ)思考実験でしかないテーマについての興味深い話。
最後の方では、自己を知覚点と認識し、死を知覚点の消滅と捉えるに至る。

ところで、この前半でひたすらに記憶を書き出す下りがあった。
ふと思い出したのが、今まで走った道をいつか地図上に塗ろうと思っていたことだった。
少し調べると、以下の手順でわりとすんなりだいたいの線を描けた。

・こちらで無料アカウントを作成(https://ridewithgps.com/
・strava/garminアカウントと紐づけ、またはGPSログ(GPX等)をアップ
・GPSログの無いライドはルートプランナーでルートを作成
・コレクションを作成し、ルートを選択して読み込む

log.png

注意点として、garminは全データ共有、stravaは紐づけ後の新規データのみ共有。garminには一部しかなかったのでゴールデンチーターでGPXを一括で作成してアップした。
初期のツーリングのGPSログはほとんどないため、主要ライドのみ旅行記の都市名を適当につないでルートを作成した。
関東甲信のポツポツとした点は主に車移動でのレースなど。
長い線はツーリングでほぼすべてテント泊。
与那国島が入っているので地図が引けている。
感想:こんな簡単に無料で描けるとは便利な世の中。当時、白地図にペイントで線を描くことを本気でやっていた。

そういえば本ブログの当初の目的は、いかにもどこかに消えそうな旅行記を残すことであった。
実際、旅行記を載せた会報の印刷物および元データは失われた。
この図をもって一つの形になった。
2023.07.26 Wed l 本・論文 l COM(0) TB(0) l top ▲
2020年にスイスgreenteg社がcore™を発売
深部体温を推定するウェアラブル端末

深部体温とは
・胃腸の温度
・限界を決める要素の一つ
この文献がわかりやすい。
fig1.A 初期温度の違いで時間が伸びるが共通の40℃でオールアウト
fig3.A 冷やしながら運動すると耐えられる時間が伸びる
→ペースメイクや限界検知に役立ちそう

ウェアラブル端末レビュー
Wearable Sensor Technology to Predict Core Body Temperature: A Systematic Review

深部体温の測り方はいろいろある
直腸または胃腸温度計が正とされる
ウェアラブルの測り方で精度に大きな違いはない
高温域で誤差が大きい傾向

問い
発熱は脚なのになぜ深部体温が上がるか
  自転車運動の発熱は脚6、胴3(NASAの文献(宇宙服開発)のtable13)
  熱は血液に乗ってめぐり、皮膚で放熱
  皮膚血流増加で等価熱伝導率は安静時の8倍
  断熱と放熱を調節

coreの構成
心拍計とクリップ式センサー

熱流センサとは
センサー厚み方向の温度差を電圧出力

精度検証論文
CORE™ wearable sensor: Comparison against gastrointestinal temperature during cold water ingestion and a 5 km running time-trial
2023/6/14公開

◆背景
core精度検証の査読論文無し
GIとの比較例
 漸増負荷自転車 高温域でcoreが0.2℃過大
 フィールドホッケー coreが0.17℃過少

モチベーション
(1)アメリカでポピュラーな5kmTTランを調べたい
(2)走る前の冷水飲む効果を検知できるか
  4度の水500mlで30分以内に0.2℃程度低下の知見あり
  coreは皮膚温度から推定するので、内部冷却を検知できなさそう
  意地悪ではなく実際の使い方


◆実験内容と結果
被験者12人 平均25才
実験10時間前に比較用のGI-PILLを飲む
2021年5月に購入、3回のアップデートでアルゴリズムは不変(メーカー情報)

◆冷水
4度の水を7.5ml/kg=450ml/60kg
40分後、GIのみ温度が低下、coreより高いまま
→冷水の効果を検知できない
//熱流束のデータがない
//原理的には深部体温が低下したら皮膚温度が不変でも検知できるはず

◆5kmTT
トレッドミル5kmTT
24インチのファン2個 平均風速14km/h程度
verbal encouragement
17~28分 3.4~5.6分/km
平均179±10bpm
十分な水分補給済=尿浸透圧で確認

GIPILLの増加よりcoreの増加が少ない
差が増える
要因の一つは皮膚温度が上がらないこと
//これも原理的には深部体温が上がったら皮膚温度不変でも検知できるはず

運動中のGIとcoreの差は小さい人も大きい人もいる

◆まとめ
TTでcoreは過小評価。頼りすぎると熱中症のリスクがあるので注意
外部冷却の検知についても比較実験が必要

補足
ヒートテストで個別化
38℃まで上げて160拍キープでのパワー20%減まで

◆感想
解釈が難しい
・人によるばらつき大きく比べられない
・自分の相対値としてみる

精度を上げるには
・運動モードで分ける
・GIPILLで定期校正

余談
FTP200wと400wの人が存在するのはなぜ
 効率は2倍にはならない→発熱は2倍近い
 暑熱順化のメカニズム
  ・発汗量増加
  ・汗の塩分減少
  ・皮膚血流増加条件のシフト
  ・血液循環量の増加
 →強い選手で血流循環量2倍はありえるので、等価熱伝導率2倍はありえる
2023.07.10 Mon l 本・論文 l COM(0) TB(0) l top ▲
財務省貿易統計によると、ここ数年の日本の貿易収支は±80兆円でほぼトントン。

産業別の統計について、機械学会の記事が分かりやすかった。
・表1より、食料と燃料の-23兆円を、一般機械と輸送用機械の+23兆円でカバー。
・表4の推移より、機械産業のうち、輸送用機械が常に+15兆円程度で強い。要は車。
・電気機器は2004年に+7.5兆円だったが大きく減少してほぼトントン。
・原動機、工作機械などの一般機械は底堅く+8兆円程度を継続。
・通信機は2004年にほぼトントンから2018年に-2.5兆円に悪化。要はスマホ。

車が強いと聞いてはいたが、初めて数字を見た。
車に比べて一般機械も頑張っている。
2000年以降電気がコケたのでいよいよ車と機械の国である。
EV化で車がコケたらどうなるのか。

ところで、経常収支全体としては、日経記事がわかりやすい。
製造業の積み上げは資源高で吹き飛ぶ。サービス収支も弱い。
同じ話だが、ロイター記事によると、
"「財では稼げないが、投資収益で稼ぐ」という「成熟した債権国」らしい仕上がりになっている"

なお、国際収支の全体像はこちら
具体的には、国際収支総括表のG,J,K,L列あたりを見れば良さそう。

所感
製造業とは何なのか、よくわからなくなってきた。
とはいえ車の+15兆円が無くなったらやはり痛手。
これだけのリスクを抱えているなら再エネ主体に早く移行したい。
2023.07.08 Sat l 本・論文 l COM(0) TB(0) l top ▲
2050年に炭素排出量を実質ゼロ(Carbon Neutral)にすることになっているが、現実味はあるのか。(経産省資料P5

1次エネルギーとして水素を輸入することになっている。(経産省HPの図
水素は海外の再エネ電力で作ったものだろう。
ここで疑問がわく。
 1.高そう
 2.再エネで自給しないのはなぜか。輸入するなら安全保障の問題は棚上げになる。

1.下記3点から今より高くなることは不可避と思われる。
 ・大気圧でのLNG温度は-162℃で、液体水素温度は-253℃である。
 ・現状LNGの輸入コストの2/3は液化と輸送である(経産省資料
 ・液体水素の体積エネルギー密度はLNGの半分程度である(リンクの図

2.いくつか理由を考えてみる。
(1)再エネのリソースがない?
 ・日本の再エネのリソースは十分ある(環境省資料(2022)

 ・下記文献によると、2035年時点で、発電量の9割を再エネ+原子力で賄える。
The 2035 Japan Report: Plummeting Costs of Solar, Wind, and Batteries Can Accelerate Japan’s Clean and Independent Electricity Future (日本語版
 ポイント
  - 再エネは初期費用がかかるが、普及すれば化石燃料輸入が減り、初期費用を含めても電気代は上がらない。
  - 蓄電池と送電網の増設で安定供給を損なわない。

 ・これは憶測だが、産業構造を10年20年程度では刷新できないことが要因にありそう。
  液体水素輸入、水素燃焼、アンモニア燃焼などは、機器は全く新しくても構造は似ている。
  構造を変えるほどのコミットはしていないのでは。
(7/15追記:似たような言説

(2)既定路線?
・過去に1993年から10年間の水素プロジェクトがあった(WE-NET資料)。ここに水素が良い理由が(最近の資料よりも)明確に書かれている。再エネ電力の再配分には輸送が必要で、エネルギー密度を比べると水素が有利(リンク)。30年前からやっているけどまだまだ道半ば。

最近の動向
・再エネ比率目標を上げる動きはある(資源エネルギー庁資料P71
・水素関連の目標は後退気味。肝心の水素の製造方法の目標がない。(NHK資料
・足元での国のプロジェクトは全方位的である(リンク)。皆が対象という方針と、厳しい目標なので効果大に集中投下という方針がありそうで、後者は選ばれなかった。鶏卵問題に皆で取り組むと。
・水素関連は長期的な開発であり、2030年の中間目標にはほとんど寄与しない(リンク)。

先が読めない中で本当に間に合わせるならせめて炭素税を劇的にかけることは最低条件な気がする。
こちらの解説記事によると、結局制度設計はこれからとのこと。効果が出るまで遅れがある。単に始動が遅いのだろうが今からでもがんばるしかなさそう。
2023.07.03 Mon l 本・論文 l COM(0) TB(0) l top ▲
ロシアの眼から見た日本: 国防の条件を問いなおす

本屋をうろついているときに本書が目に入った。
まさにいま戦争が勃発しているわけだが、情勢のイメージが無く、日本のふるまいについても意見がなかった。自分の世界史や政治の知識は高校受験で止まっている。ぱらぱら見ると外交の解説があった。これまた全く知見がないので読んでみた。将来子供がこの本を見たとしたら、自分が生まれたのはあのウクライナ戦争の始まりの時期だったと認識するかもしれない。

概要
・国際政治は「自然状態」にあるので、法的秩序は不可能であり、権力的秩序のみがありうる。
・ある地域の平和を実現する方法には、一つの大国による支配か、複数の大国による均衡がありうる。
・均衡の実現には、一部の国が均衡を破ろうとしたときに他国が待ったをかける負のフィードバックが必要。
・外交とは相手の真意を探ることである。外交による不断の調整努力が必要。

・今回の侵攻のきっかけは、ソ連圏に属していたウクライナにNATOが軍事支援を始めて現状変更を試みたことであった。ロシアはウクライナのNATO非加盟を求めるなど外交による妥結点を提案したが、NATO側が拒否した。危機感を持ったロシアが対抗した。ロシアの行動を狂気とみるのは一方的に過ぎる。

・日本の立ち位置を考えるにあたり、明治以降のロシア(ソ連)と日本の関係を解説。敵対と協調、両方の時期があった。日本は開国以来、日本の植民地化を防ぐことをめざし、朝鮮を独立国家として列強に認めさせ、対ロシアの防波堤にしようとした。日清日露戦争に勝ち満州での列強と互いの権益を認め合うに至ったまでは良かった。しかし、ロシア革命と中国の内乱で力の余白ができたことで、うっかり大国(覇権国家)をめざしてしまい、失敗した。ソ連は日本と国交を回復してアメリカ支配を認めることで、極東でのアメリカとの力の均衡を図った。

・現在、ロシアからは日本はアメリカの衛星国とみなされている。自己決定権はなく、その運命はアメリカの極東政策に依存している。
・日本は何をめざすか。アメリカ依存か、独立か。筆者は前者の方針で、日本にできることは極東でのアメリカのプレゼンス維持への寄与だという。防衛力は安全保障の一部でしかなく、その増強はウクライナのように戦禍を吸い寄せる恐れもある。外交による調整力こそが重要。

個人の感想
・日本の行動に主体性がないという根拠のないイメージはあったが、歴史的経緯と力のバランスを考えれば自己決定権がないことが明確に理解できた。
・個人的には平和が第一なので、当面アメリカの衛星国の立場維持がよさそう。独立した主権国家への道は、希少元素を含めた資源がない時点で物理的に不可能だろう。
・最近の防衛力強化の是非については、極東の均衡に寄与したいところ。問題は東側または西側が現実変更を試みたとき。防衛力が今より強ければ均衡のために動く選択肢は増えるだろうが同時に誤る可能性もある。いずれにしろ筆者のいう外交による各国の真意の理解が必要に思える。重要なことは、万が一侵攻を受けたとして早期終結の判断だろう。
・本書の要素の一つ一つは興味深いが、歴史の記述と一般論が入り乱れていて、読み返しての整理がしにくかった。
・本書にない視点として、世界に不可欠な独占産業をもつことがある。交渉力になりそうだが逆に侵攻される理由にもなりえて、防衛力と似た二面性がありそう。
2023.06.23 Fri l 本・論文 l COM(0) TB(0) l top ▲
マイクロソフト ― ソフトウェア帝国誕生の奇跡

自分が物心ついたときにはwindows(98あたり)がすでに家に存在していた。
コンピュータとほぼ同義だったと思われるwindowsがどのように覇権を握っていったかを知らなかった。

きっかけは、1968年にまだ得体の知れなかったコンピュータを導入した中学校があり、そこにビルゲイツ少年がいたことだった。オタク成分をコンピュータに全振りし、厳しい競争を勝ち残った。売り込み上手なオタクのハードワークは最強。このゲームのやり込み的な要素は、「創始者たち──イーロン・マスク、ピーター・ティールと世界一のリスクテイカーたちの薄氷の伝説」におけるレヴチンにも通ずる。プレイするゲームの性質が変わっていくに過ぎないようにも見える。
エクセルの誕生も飛躍ではなく、先行する競合をどうにか倒すための模倣、組合せ、改善の一環であった。

子供を見ていると、何かに熱中する湧き出るポテンシャルは誰もが持っていて、穴をあけると噴き出てくる。ポテンシャルの高さと穴の適切さがマッチすると大きな力になりそう。
2023.06.17 Sat l 本・論文 l COM(0) TB(0) l top ▲
Kyoto Fusioneering’s Mission to Accelerate Fusion Energy: Technologies, Challenges and Role in Industrialization

核融合発電実現の可能性について、個人的に知見がなかった。
反応そのものについてはよくわからない。
上記の文献に、プラント建設の課題とエネルギー収支の一例があった。
これなら想像しやすい。

注目点
・代替電源(再エネ+蓄電など)の競争力が増し、発電への参入は難しくなっている。発電は核融合利用のとっかかりであり、熱利用も視野。
・根本的な問題として、使用に耐える材料(高温、放射線下)が現状では存在しない。制約として、産地の偏った希少元素は使いたくない。これは時間をかけたら解決するかは不明。解があるかは究極的には神がどのように物理世界を作ったかによ依る。
・図8によると、核融合反応の出力/入力の比が20の場合、150MWを入れて3000MWが出てくる。楽観的な仮定で損失を考慮すると、400MWを売電できる。

個人的感想
・発電利用が最大の開発駆動力と思うが、代替電源との競争での分の悪さを認め、熱利用にも言及していることに驚いた。苦しい印象。
・仮に成立したとして、直観的には、燃料代がほぼタダだとしても、この電力は高すぎると思う。そのような分析もあった(リンク)。安くなるまで時間がかかりそうだが、全方位的脱炭素電源の一角は担いうる。その意義の一つは必要な希少元素の分散と思う。(7/18追記 発電方法ごとの必要鉱物資源
2023.06.15 Thu l 本・論文 l COM(0) TB(0) l top ▲