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 自転車を始めたばかりであれば、基本的に練習(トレーニング)の量は多いほど良い。走れる距離と速度はどんどん伸びていく。やがて、贅沢な話だが、体力低下を恐れて過労に陥ることがある。どれ程の練習量が適切だろうか。また、レース前には練習を減らして疲れを取る。何日前からどの程度減らすと良いだろうか。これらの問いに答えるには、経験で身につける他に、体力と疲労と調子の関係のモデルが一助となる。

 まず、練習量の指標としてTSS(Training Stress Score)がよく用いられる。これは練習量を個人の能力で割った相対的な練習量である[1]。
 TSS=NP×時間[h]/FTP×100
FTP(Functional Threshold Power)は1時間維持できる上限のパワーである。例えば、FTPで1時間走ったらTSSは100となる。

 練習(刺激)による体力と疲労とパフォーマンスの関係についてのベースの考え方は、70年代に考案されたIRモデル(Impulse Response Model)にある[2][3]。パフォーマンスp(t)は練習量w(t)によるプラス効果(体力向上)とマイナス効果(疲労蓄積)の合計となる。練習の効果はともに時間が経つと指数関数で減る。
 p(t)=p(0)
 +k1×Σ(u=0 to t)w(u)×e^((t-u)×Ts/τ1)
 -k2×Σ(u=0 to t)w(u)×e^((t-u)×Ts/τ2)
k1とk2は体力と疲労の応答の係数、w(u)は練習量でTSSとする。Tsはデータ間隔で1日とし、τ1とτ2は時定数である。この式の第3項の疲労はW’balに対応し、式の形は同じである。
 W’bal=W’0-Σ(u=0 to t)ΔW’exp(u)×e^(-(t-u)Ts/τ)
負荷としてのW’の減少量ΔW’がTSSに対応し、時定数τが長くなっている。

モデルの制約として、結果としてのパフォーマンスの変化を予測するが、筋量やミトコンドリアの増加等の生理現象と結び付いていない。このため入力と出力だけが見えていて、中身はブラックボックスである。
また、モデルの扱いにくい点として以下がある。
1.変数の数が多いので、個人の特性に合わせ込むために長期のデータの蓄積が必要。
2.練習を積んで疲労を抜くとパフォーマンスは必ず上限なく上がることになり、非現実的である。

そこで、モデルを扱いやすくするため修正する[1]。
1ー1.体力と疲労の係数k1とk2は文献による差が大きいため、両方とも1に固定する。
1ー2.時定数は経験的にCTLでは42日、ATLでは7日を基準とする。

2ー1.パフォーマンスp(t)の代わりに体力と疲労のバランスの良さをTSB(Training Stress Score)で表す。体力向上は長期的に続くのでCTL(Chronic Training Load)とし、疲労は短期的なのでATL(Acute Training Load)とする。すなわち、
  TSB=CTL-ATL
2ー2.CTLとATLを指数加重移動平均とする。これにより、同じTSSを続けるとATLとCTLはTSSと同じ値に収束してTSBは0になる。これは体力と疲労がバランスした状態を表し、調子の良さの指標になる。

以上より、変数の調整をせずに一連の計算ができる[4]。
 ATL(n)=ATL(n-1)×e^(-1/7)+TSS×(1-e^(-1/7))
 CTL(n)=ATL(n-1)×e^(-1/42)+TSS×(1-e^(-1/42))

 練習量を徐々に増やすとCTL(体力)は大きくなる。疲労が抜けてTSBが適切であれば調子が良く、積み上げた体力を存分に発揮できる。従って、パフォーマンスはCTLとTSBで決まる。このことは、練習は多いほど良いのではなく、必要十分な練習をタイミングよくするべきとの思想を表している。CTLの増加が週に7TSS以上を4週間以上続けるのは過剰である[1]。
 一方で、複雑な体の状態を単純化しているため、パフォーマンス調整の精度を上げるには経験から数値を解釈する必要がある。
例1.調子が良くなるTSBは0とは限らない。
例2.固定した時定数τは人により異なり、TSBに影響する。例えば、レース前に練習量を減らすとATLはCTLより早く減るのでTSBは増えてピークを持つが、ピークまでの期間は時定数による。
例3.練習量の指標のTSSは、同じ値であっても例えば高強度短時間と低強度長時間を区別できないが、回復速度は異なる。
例4.パワーの上げ下げが苦手な人と得意な人ではインターバル練の体感負荷は異なるが、FTPと練習メニューが同じならTSSは同じである。
例5.筋トレ等のパワーデータの無い練習の負荷を主観で設定する。

まとめ
 長期的な体力と疲労およびそのバランスを計算するモデルを紹介した。計算の手軽さに比べて、数値の解釈には経験が必要である。それでも大まかな練習の計画や明らかな過労の検出は可能である。手探りで始めるよりは練習量の調整の上達が早まり、経験知も伝えやすくなると期待される。

[1] Training and Racing with a Power Meter
[2] Implementing the Banister Impulse-Response Model in GoldenCheetah
[3] Rationale and resources for teaching the mathematical modeling of athletic training and performance
[4] https://github.com/GoldenCheetah/GoldenCheetah/blob/master/src/Metrics/PMCData.cpp
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2022.08.24 Wed l つれづれ l COM(0) TB(0) l top ▲

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