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信念の問題とされがちな生の目的や価値に対して、生物的な視点から答えようとしている。
たんたんと端的に書かれていて説得力があった。


概要

生命とは増える能力が作り出した物理現象である。
生命の出発点は、増えて遺伝する性質をもった物質が偶然現れ、進化のループが回り始めたことにある。

現代人は進化的には狩猟採集時代からあまり変わっておらず、本能も残っている。
例えば狩猟採集生活では平等が重んじられた。
なぜなら自分が獲物が取れなかった時に分けてもらえないと死活問題だから。
現代では、技術によって平等は死活問題ではなくなり、ギャップが生じた。
現実が本能にそぐわないとき、悩みが生じる。
悩みの解決には、悩みの生物的な由来を理解し、悩む価値があるか吟味するとよい。
無いと思えば、無視して自由に生きればよい。

生物の生存戦略には、多産多死と少産少死の二方向がある。
人は後者の最たるものである。
死ににくくなる、人の維持コストが増大、出生数が減少、は生物的に必然の流れ。

人に生きる目的や使命はない。
なぜなら人は増えて遺伝する物理現象の末裔だから。
広い宇宙といえど、生命の持続期間を考えると今この瞬間には地球が唯一かもしれない。
この希少な生命と文明の維持には価値がある。
自分の命は自分と関わる全ての人の命の一部でもある。
子孫を残すことは全てではなく、社会の中で自分の役割を果たすとよい。

筆者は、人の文明の維持は結局他の生物と同じことで物足りないと感じる。
ミームは、人の頭の中に広がる考え方やアイデアである。
芸術や文化、研究を含むミームは、生命と同じく頭の中で増えて淘汰され進化する。
ミームを発展させることが、増えるものの既定路線から外れた、予想のつかない魅力的な世界につながるかもしれない。
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2023.05.07 Sun l 本・論文 l COM(0) TB(0) l top ▲

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